津別町/MADE IN TSUBETSUのメダルケース

株式会社山上木工専務取締役 山上 裕一朗さんインタビュー写真

世界中のアスリートが己の力を出し尽くし、世界一の座を競い合うオリンピック・パラリンピック。東京2020大会は、日本のメダルラッシュに沸きました。表舞台には登場しないため、あまり知られていませんが、メダルには専用ケースが用意されています。今大会のメダルケースは、杢目(もくめ)と藍色の塗りの美しい一品。製作したのは、津別町の「山上木工」の職人たちです。構想から完成までの道のりは、挑戦と工夫の連続でした。

株式会社山上木工専務取締役 山上 裕一朗さん

●プロフィール

株式会社山上木工 専務取締役
山上 裕一朗 さん(津別町)
津別町で生まれ育ち、大学進学を機に上京。卒業後はDMG森精機に入社、工作機械の製造や開発・設計に携わる。2013年、祖父が1950年に創業した山上木工に入社。2020年、株式会社The Goods設立。貿易仲介業や家具のサブスクリプションサービスなどを手がけている。

多様性を象徴する杢目、日本の伝統色である藍色

山上 裕一朗さんインタビュの様子(1)
東京2020大会のメダルケース
●東京2020大会のメダルケース

表彰式で選手に授与されるメダルとは違い、メダルケースは多くの人の目に触れる機会がありません。なので、SNSの投稿でメダリストのもとに届いたメダルケースを見て、感慨深かったです。2018年の秋、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)が公募した「メダルケースの製造委託契約」に挑戦してよかったと、つくづく思いました。

公募情報は、地元の知人から聞きました。それが締切日の10日ほど前。すぐに株式会社SYD 代表取締役 吉田真也さん(プロダクトデザイナー、千葉県在住)に連絡を取って、デザインを依頼したところ、二つ返事で引き受けてくれました。その日の夜中にはデザイン案を出してくれたので、翌朝、私がモックアップ(実物大の模型)をつくって航空便で送り、その日のうちに吉田さんに確認してもらって微調整して……という作業をひたすら繰り返して、メダルケースの原型を完成させました。文字どおり寝る時間もない凄まじい日々でしたが、吉田さんとだから乗り越えられましたね。吉田さんはもともと一緒にものづくりをしてきた大切なパートナーです。お互いの仕事や強みをよく知っているので、離れていてもやりとりはスムーズで、アイデアがどんどん形になっていきました。

当時に建てられた小さな看板

募集要項には、メダルケースについての細かな条件はありません。この時点ではメダルもまだできていないので、おおよそのサイズが記されているだけ。そのため、自由に発想できました。私たちが目指したのは、「ミニマムながら多機能で、日本らしいメダルケース」。オリンピック・パラリンピックに出場する選手は、自宅にメダルやトロフィーがたくさんあるはずなので、大きいケースは収納に困るだろうと考えました。そこで、メダルがぴったりと収まり、そのままディスプレイできるケースをデザインしたのです。本体と蓋に磁石を4個ずつ埋め込み、磁力でくっつくようにして、さらに自立する設計にしました。磁石の穴の位置やメダルが最も美しく見える蓋の位置など、細かな調整に苦戦しましたね。

素材は、はじめから天然木と決めていました。一つとして同じものがない杢目(もくめ、木の断面の模様)は、まさに多様であり、東京2020大会の理念のひとつに掲げられた「多様性と調和」を象徴するものと、私には思えたのです。使用したのは北海道産タモ材。タモは硬くて強靭なので、アスリートの不屈の精神を表現できると考えました。それに、野球のバッドや卓球のラケット、スキー板などに使用されるので、スポーツの祭典にもってこいです。

色は、日本の伝統色である藍色にしました。濃い藍色は「勝色」といい、武士や軍人に好まれた縁起の良い色なので、アスリートを讃えるメダルケースにふさわしいと思ったのです。そこで、塗料メーカーに依頼して、江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎が使った藍色を木材用に調色してもらいました。光が当たったときに美しく映える色に調整するのがなかなか難しく、ちょうどいい色合いになるまで半年ほどかかりましたね。

NC制御の高精度な機械と、職人たちの熟練の技のコラボ

山上 裕一朗さんインタビュの様子(2)
蓋をスライドして開くとそのままディスプレイできる
●蓋をスライドして開くとそのままディスプレイできる

実は、公募に挑戦しておきながら、受託できるとはまったく思っていませんでした。内定のお知らせメールにあった「落札」の文字を「落選」と空目したほどです。落ち着いて読み直し、自分たちの提案が採用されたとわかったときは、会社中が喜びに沸きました。その瞬間は幸福でしたけれど、そこからはつらかったですね。というのも、製作しなければならないメダルケースが5400個と多いうえに、製作工程が50ほどあって複雑だからです。500〜1000個なら、楽ではないけれど何とかできます。その5〜10倍以上となると、どれだけつくり続けても終わる気がしない。東京2020大会に間に合わないのではないかと、たびたび不安になりました。

それでも無事に納品できたのは、機械力によるところが大きいです。我が社は、木工職人20人ほどの小さな木工所ですが、所有している機械は100台ほど。そのうちの10台は、コンピューター制御によって自動で切削加工ができるNC工作機械で、40年ちかく前から導入しています。今回のメダルケースも、まずNC工作機械で加工しました。父がこだわってきた設備投資、家具づくりの経験と技術が生きたと自負しています。

NC工作機械の性能は申し分ありません。ただ、木肌には刃物の削り跡が残ってしまいます。それを磨いて表面をなめらかにするには、やはり手作業しかなく、ベテランの職人と一緒に5400個をひたすら磨き続けました。さらに困難を極めたのが、塗装です。理想の藍色は完成していたものの、均一に塗るのは至難の業。なぜなら、木は板目(波形の木目)と柾目(直線の木目)で塗料の吸収率が異なるからです。それを考慮したうえで、塗料の量や刷毛(はけ)の力加減を調整しなければなりません。その技量を持っているのは、うちの木工所では父だけ。結局、父の助けを借り、5400個それぞれに合った塗り方をしてようやく、均一の色に仕上げられました。ただ、よく見てみると、杢目も色合いも同じものは一つもなく、まさにオリンピック・パラリンピックが掲げる「多様性」を象徴します。これこそ木工品の良さ、美しさだと思っています。この工程では、職人としての自分の未熟さと父の偉大さが身にしみました。

木目・色合いなど「多様性」を感じさせる木工品
●木目・色合いなど「多様性」を感じさせる木工品
「磨きの技術」が作品にも感じられる
●「磨きの技術」が作品にも感じられる

1年延期による保管の課題と、解決へと導いてくれた協力者

山上 裕一朗さんインタビュの様子(3)
日本・世界へ「MADE IN TSUBETSU」ブランドを発信
●日本・世界へ「MADE IN TSUBETSU」ブランドを発信

製作のスタートは2019年の春ごろ。完成したメダルに合わせて、メダルケースの本体と蓋の最終調整をしたあと、量産体制に入りました。2020年の春先、あとは納品するだけになって、東京2020大会の1年延期が決まりました。ここで、保管という新たな難題が出てきたのです。

その課題とは、メダルケースを入れる紙管(茶筒状の紙製ケース)のカビを防ぐこと。紙管の接着剤に使われている膠(にかわ)にカビが発生しやすいため、徹底した防カビ対策が欠かせません。紙に関する知見は我が社にないので、紙管メーカーや梱包メーカーの知識と知恵をお借りしました。そして、2つの課題の解決策として考えられる最善の対策を講じ、保管に関する注意事項を明示して、5400個のメダルケースを送り出しました。

製作期間中は、とてつもないプレッシャーに何度も押しつぶされそうになりました。我が社や日本製品への信用を失墜させるわけにはいきませんから。たくさんの方々の協力のおかげで、大役を果たせ、私だけではなく全社員の自信となりました。小さな木工所でも世界の大舞台で戦えるのだと。じつは、メダルケース製作を受託する少し前から、販路を海外へと拡大していました。また、新しい会社を設立して、道東の良品を世界へ届ける貿易仲介業を始めています。今回の貴重な経験を経て、先人たちがつくりあげてきた「MADE IN JAPAN」ブランド、私たちがつくっていく「MADE IN TSUBETSU」ブランドを日本全国、世界各地の人たちに届けたいと、意を強くしました。

ギャラリーにはデザイン×職人技術による作品が並ぶ
●ギャラリーにはデザイン×職人技術による作品が並ぶ
ギャラリー

※2021年12月の取材による情報です
※感染症対策を講じた上で撮影のために取材時のみマスクを外しています

 

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