アイヌ語の地名
北海道の市町村名のうち、約8割がアイヌ語に由来しています。現在では、そのほとんどが漢字で書き表されています。そのために、アイヌ語と気付かない人もいますが、北海道に暮らす人たちのほとんどは、自分の住む町や山などの名前がアイヌ語であることを知っているでしょう。
アイヌの人たちの多くが川筋に住んで、生活に必要な資材を求めていました。また、狩猟や交易のための交通路としても、川は重要な存在でした。ですから、川(ペッ pet)や沢(ナイ nay) を意味する地名がとても多くあります。 アイヌ語地名は、その地形の特徴や土地の産物、そこでよく行われることなどを語源としています。たとえば、キナ・チャ・ウシ kina-ca-usi という地名の語源は「蒲・を切り取る・場所」ですから、そこはゴザを編む材料が豊富であったことがわかるわけです。
このように、アイヌ語地名は必要に応じて名付けられたものであり、地名をつけた当時の人たちの生活が反映されているものです。その意味で、アイヌ語地名は歴史的にも重要な文化財ということができます。
*「キナ」は生活に役立つ草をいいます。普通、「蒲(ガマ)」はシキナ sikina といいます。
【アイヌ語地名の研究について】
アイヌ語地名は、アイヌ民族の言葉・歴史・文化を身近に伝えるものであり、関心を寄せる人も多いようです。しかし現在では、自然の地形や社会的形態も大きく変化しており、 アイヌの人たちが自然との関わりの中で名付けた意味を、いま正確に証明するのはなかなか難しいことです。本来、ごく狭い範囲につけた地名がひとつの町やもっと広い地方を呼び表すようになったことが多く、地名の由来がわからなくなったところもあります。
アイヌ語地名について調べたり考えていくためには、その音にあったアイヌ語の単語を当てはめるだけでは不十分です。それぞれの単語の意味はもちろん、名詞や動詞の関係などの文法を正確につかんでおき、さらには、実際に地形の特徴やその土地の伝承なども調べていくことが求められます。
アイヌ語地名の研究は、こうした厳格な調査によって、はじめて広がりをもって発展していく学問だということができます。
【ト to 「湖・沼」につく単語】
ここでは、特にト to というアイヌ語地名を代表にさせて解説しますが、これは「湖」や「沼」などの幅の広い意味があります。「~の湖」や「湖の~」というように、「湖」の前後に動詞や名詞がついています。もちろん、「川」や「山」なども同じような仕組みで成り立っています。
【アイヌ語の意味からきた地名】
タンネ・ト tanne-to 「長い・沼」 長沼 ながぬま(長沼町)
ポロ・ト poro-to 「大きい・沼」 大沼 おおぬま(七飯町)
ユク・ルペシペ yuk-rupespe「鹿・通路」 鹿越 しかごえ(南富良野町)
【アイヌ語地名の漢字表現について】
アイヌ語で呼び習わされた地名は、さまざまな漢字が当てられたため、原音と違う発音になったものが多くあります。また、漢字は表意文字であるため、アイヌ語の意味とは違うイメージが与えられるようになりました。
文法上、ト to 「湖」やソ so 「滝」などの母音は、「トー」「ソー」などと伸ばしても、意味はまったく変わりません。その伸びた音を「ウ」や「オ」と聞き取って、漢字に置き換えられる事例が多くありました。
・パラ・ト para-to 「広い・湖」
茨戸 ばらと (札幌市)
・トー・ヤ to-ya 「湖・岸」
洞爺 とうや (洞爺村)
遠矢 とおや (釧路町)
・トー・プッ to-put 「湖・口」(トー・プトゥ to-putu 「湖の口」)
涛沸 とうふつ (網走市)
十沸 とおふつ (豊頃町)
遠太 とうふと (根室市)
統太 とうふと (浦幌町)
【アイヌ語の音に当てはめられた漢字のいろいろ】
・モ・ペッ mo-pet 「静かな・川」
紋別 もんべつ (紋別市)
門別 もんべつ (門別町)
・シ・ペッ si-pet 「ほんとうの(大きい)・川」
士別 しべつ (士別市)
標津 しべつ (標津町)
・オンネ・ペッ onne-pet 「老いた(大きい)・川」
音根別 おんねべつ (士別市)
遠音別 おんねべつ (斜里町)
・クマ・ウシ kuma-us-i 「物干し・多くある・所」
熊石 くまいし (熊石町)
熊牛 くまうし (標茶町、清水町の地名)
・モ・イワ mo-iwa 「小さな・山」
藻岩 もいわ (札幌市内の山の名)
茂岩 もいわ (豊頃町)
(上記の内容は、道立アイヌ民族文化研究センター発行の「ポン カンピソシ 1 アイヌ文化紹介小冊子 イタク はなす」を参考に作成したものです。)