道立羽幌病院
2022.06.07 記事
- プロフィール
- 北海道帯広市出身
1983年に自治医科大学医学部を卒業後、旭川保健所、北海道立静内病院、羽幌病院、紋別病院等に勤務。2011年から勤務した江別市立病院の副院長を経て、2018年4月に北海道立羽幌病院の病院長に就任。 - 資格
- 日本病院総合診療医学会(特任指導医)
総合診療専門研修(特任指導医)
日本内科学会(総合内科専門医・指導医)
日本プライマリ・ケア連合学会(特任指導医) - 日本循環器学会(循環器専門医)
医学博士
旭川医科大学臨床教授
透析療法従事職員研修終了
医師の臨床研修に係る指導医講習会終了
臨床研修プログラム責任者講習終了 - 趣味
- 旅行
- 座右の銘・モットー
- 医理初仁也
2つの離島を抱えるへき地医療
急性期から在宅まで幅広く学べるカリキュラム
留萌管内羽幌町は、日本海に面した農業と漁業が中心の町で、札幌市から車でおよそ3時間半の距離にあります。30㎞ほどの沖にはウミガラス(オロロン鳥)の日本における唯一の繁殖地であり、「海鳥の楽園」と呼ばれる天売島、厳しい自然環境から希有な森林相を形成するイチイの原生林「焼尻自然林」が天然記念物として指定されている焼尻島の2つの離島を抱え、多くの観光客で賑わう観光の町でもあります。漁業や農業、風力発電が盛んで、甘えびの漁獲量は日本一です。同町の人口は2022年12月時点で、6,531人(世帯数:3,472世帯)となっており、同管内では留萌市に次いで2番目。高齢化率は約40%となっており、独居、老々介護などさまざまな課題があります。そのような中でへき地医療支援拠点病院として無医地区等への巡回診療を開始し、今では訪問診療も行っています。一方、地域に密着して急性期から回復期、在宅医療まで幅広く学べる総合診療専門研修プログラムを進めており、地域で働く医療人の育成にも力を入れています。「へき地に勤務する医師は広く、多くの健康問題に対応できなければならない」と語る阿部昌彦院長に、話をお聞きました。
4町1村の医療を主に担当
全診療科医が総合診療を実施
道立羽幌病院は、1953年に町立国保病院から道へ移管される形で開院、地域センター病院に指定されています。留萌管内は南北に約150㎞という細長い形となっており、道立羽幌病院は羽幌町だけでなく、天塩町、苫前町、遠別町、初山別村の4町1村の医療を主に担当しています。急性期医療を担う留萌市立病院が車で40~50分の距離の南側にありますが、最北部の天塩町は名寄市や稚内市の病院を利用するケースが多いのが現状です。
こうした状況の中、道立羽幌病院は許可病床120床のうち稼働病床は45床(一般病棟10対1入院基本料33床、地域包括ケア病棟入院管理料1が12床)となっています。一時期、常勤医が10人以上いましたが、新卒後臨床研修制度の影響によって常勤医が減少したことで、病床の稼働を減らさざるを得ない状況に。現在は常勤医8人体制となっていますが、耳鼻咽喉科、婦人科、皮膚科、泌尿器科などは札幌医科大学附属病院や旭川医科大学病院、診療所などからの支援を受けています。
一方、2つの離島への医師派遣のほか、周辺の無医地区などへの巡回診療、介護施設等も含めた訪問診療なども積極的に行っています。限られた医療資源の中で、急性期から在宅まで幅広い医療を展開する方法の一つとして、2017年に全診療科医が総合診療を行う総合診療科を創設しました。また、総合診療専門研修プログラムも実施し、地域で働く医療人の育成にも力を入れています。
そのほか、レスパイト入院(介護者支援短期入院)や、定期予約通院患者を対象とした「健康づくりファイル」の配布、フレイル外来など、さまざまな形でニーズに応える地域密着の医療を展開しています。
地域のニーズに応え
センター病院から地元密着の病院に変化
阿部昌彦院長は自治医科大学を1983年に卒業し、旭川医科大学の医局に入局。循環器専門医の資格を取得しており、9年間の義務年限の終了が近づいてきた時、臓器別専門医としてやっていくのか、総合診療・地域医療の道を続けるのか悩み、結果、道職員として残り、政策医療として地域医療に貢献していこうと決めたといいいます。
道立羽幌病院には94年に着任しました。「当時は医局が全盛の時代。大学から派遣される専門医によって病院が成り立っていました。やがて時代が変わり、派遣医の引き上げが相次ぎ、道内各地で医師不足が深刻化しました」。
こうした状況もあって、道立紋別病院で1年間地域医療を支え、その後、江別市立病院で病院総合内科医を育成して内科の再建に尽力、全国から研修医が集まるまでに発展させました。「江別市立病院では、総合診療のトレーニングがとても上手な先生がいて、私自身、改めて医学教育や総合診療を、勉強しました。」と当時を振り返ります。
2018年に道立羽幌病院に戻り、院長として再び地域医療の発展へ陣頭指揮に当たっています。再度、道立羽幌病院に赴任した際、町内は高齢者が増えている一方で、人口自体は減少し、寂れてしまった印象を受けたといいます。
「高齢者が増えれば救急患者が増えます。また、慢性期疾患の治療のニーズも増えていきます。当病院はインフラとしてはセンター病院として建てられ、医療機器もMRI、CTなどセンター病院としての高度医療機器を備えていますが、医療の内容としては、地域密着の地元の病院に変化してきました」。
地域のニーズに応える中で、人材不足は常に大きな課題です。そこで、江別市立病院に勤務していた際に、医師の研修制度を充実させて人材を集め、病院機能を維持していく方法を学んだ経験を生かし、総合診療専門研修プログラムを開始しました。
病院が置かれた現状を活用
地域性に富んだ特色ある研修プログラム
「羽幌町は早くから高齢化が進んでおり、2040年くらいの日本の縮図といえます。これから大都市が直面する医療や介護のさまざまな課題はすでにピークアウトした状況です。また人口減少によって、医療よりも介護の需要が増えてきています」。
病院が置かれた現状を活用する形で、地域に密着した急性期から回復期、在宅医療まで学べる総合診療専門研修プログラムとなっています。
「診断技術が進んだこともあって、こんな疾患がここで見つかることもあるのかと、驚くような希少な疾患に出会うこともあります。高齢者の慢性疾患に限らず、さまざまな疾患を幅広く学べる環境でもあります」。
阿部院長は、最新機器を使った医療とともに、「目と耳と手」を使った、昔ながらの診療スタイルの重要性を強調します。「例え停電でも、なにも道具が使えなくても、医師としての役割を果たさなければなりません。患者の話にしっかりと耳を傾け、じっくり向き合い、手で確かめるという基本的な診察技術でどれだけのことができるのか、地域医療においてどれほど役立つことなのか、まさに手取り足取りで習得してもらえる研修となっています」。
高齢者の増加、過疎化など羽幌町はさまざまな課題に直面しています。その中で、医師が全てを担うことは難しく、看護師やコメディカルスタッフのほか、地域の福祉・介護スタッフとの連携が大切になります。
「医療や介護の従事者が少ない分、普段から接する機会が多く、顔の見える関係となっています。地域全体で患者を診ていく体制、そのための地域づくり、どちらも研修を通して経験できます」。
メッセージ
総合診療や地域医療に対する学生の関心は、年々高まっているように感じます。もちろん、最初から地域で総合診療を行いたいと考え、研修を受けることも大事ですが、例えばある専門領域を極めたいと考えている学生にとっても、総合診療を地域で実践することは役立つ部分が多いと阿部院長はいいます。「センター病院で高度医療を担っていくとしても、地域から患者を受け入れ、さまざまな調整が必要となります。そういった意味では、医療・介護の顔の見える関係づくりも含めて、道立羽幌病院では多職種連携の在り方も学ぶことができます」。
また、大病院で診療を行うとしても、地域から患者を受け入れることがあります。そういった時に地域の実状を知っておくことも重要です。「地域医療を知ることは、医師として大きく成長するための一歩にもなります。ぜひ、多くの学生や先生方に学ぶ機会として当院を活用してもらいたい」。